JRA和田竜二「苦節17年」テイエムオペラオーの死が「転機」に……ミッキーロケット勝利で解き放たれた新たな騎手人生
「テイエムオペラオーは、G1を7勝・2着2回・3着2回、G2&G3を5勝・2着1回・3着1回で、26戦して4着以下が3回あるんですが、6着以下だったことが一度もありません。こんな名馬の背中で競馬に参戦していたのは、若手騎手には贅沢な体験でしたね」(同 ライター)
当時の和田騎手は「テイエムオペラオーの邪魔をしないように騎乗しよう」と心がけていたらしい。あの時に体験した事が今の自分の基礎になっているという。
“テイエムオペラオーみたいな馬にめぐりあう”は、「スキルを持った今、テイエムオペラオーのような馬を動かしてみたい」ということなのかと思うと、そうではないようだ。
「和田騎手に後悔があるそうです。テイエムオペラオーが引退する年の最後の3戦は2着、2着、5着。これは明らかに、馬が能力を出し切っていて、しかし、それを補う自分のスキルが足りないために負けた、と悔いが残っています。
もし、いまテイエムオペラオーに似ている馬にめぐり会えたら、馬が勝てなくなりそうな頃に自分のスキルでサポートして、どこまで勝ち進んで行くのかを見てみたいんだそうですよ」(同 ライター)
先日、テイエムオペラオーが亡くなりお別れに行ったという。本当は「自分がG1を勝ったら会いに行こう」と和田騎手は思っていたらしい。しかしその報告ができないまま、テイエムオペラオーは亡くなってしまった。
「もう少し長生きしていたら、今回のG1の報告ができた」と思う人もいるだろうが、和田騎手いわく「お別れの時、何か心からスッと抜けたような感じがあった」という。もうこだわらなくていいよ、とテイエムオペラオーに言われたような不思議な感覚。そのあとでG1の宝塚記念優勝。「テイエムオペラオーが背中を押してくれた」と優勝後に語っていた和田騎手。
G1に勝ったら会いに行く……その決めごとが自分を縛っていたのかもしれない。解放された今後の和田騎手の騎乗に期待を持って見守っていきたい。