JRA横山典弘「世界レコード」逃走の衝撃! 菊花賞(G1)セイウンスカイVS武豊スペシャルウィーク……「マジック」が常識を覆した伝説の98年
春のクラシック2冠を分け合ったライバル2頭の秋は、それぞれ別のレースで始動。セイウンスカイは京都大賞典(G2)、スペシャルウィークは京都新聞杯(G2・当時は秋の開催)をともに勝利。淀の長距離がライバル2頭の4度目となる直接対決の舞台となった。
ファンにはダービーで明暗を分けた印象が根強く残っていたのだろう。スペシャルウィークの単勝1.5倍に対し、セイウンスカイは大きく離された4.3倍の2番人気に甘んじた。
ダービーで完敗したとはいえ、皐月賞では破った相手だ。鞍上の横山典騎手には思うところがあったに違いない。最後の1冠を懸けた大一番でそれまでの常識を打破する秘策を炸裂させた。
セイウンスカイを先頭に導くと、そのまま加速を続けた。淀の3000mという長丁場にもかかわらず、気が付けば1000m通過59秒6というハイペースで後続との差を広げていく。レース前に「行く馬がいれば別にハナにはこだわらない」と煙に巻いたのは、この暴走にも見えるハイペースの布石に過ぎなかったのかもしれない。
勿論、そのままのペースで走り切れるほど甘くないのは百も承知だろう。徐々にペースを落としつつ、中間の1000mは64秒3を刻んだ。この絶妙な「溜め」も行きたがる馬を無理に引っ張ったわけではない。走りのリズムに狂いはなく、ごく自然なペース配分によるものだ。
横山マジックの真骨頂はここからである。3コーナー過ぎの下りから 再び後続を引き離し、再加速の2段ロケット。「淀の下り坂はゆっくり下らなければいけない」そんなかつての競馬の格言もこのコンビには関係なかった。
手応えを残したまま直線を迎えたとき、激しく手が動いていた後続とはすでに絶望的な差が開いていた。それはスペシャルウィークの武豊も例外ではない。虚しい2着争いをするライバルを尻目に、横山典騎手とセイウンスカイのコンビは3馬身半という遥か先でゴールを駆け抜けた。
1000mに分割した59.6-64.3-59.3のラップは、もはやアーティスト・横山典弘が完成させた芸術作品といっても過言ではない。勝ち時計3分3秒2は当時の世界レコードを更新するオマケまでついた。
会心の勝利に横山典騎手は「道中は前走以上にリラックスして走ってくれた。4コーナーでの手ごたえもよかったから絶対伸びると確信して追えた。とにかくスタッフが最高の状態に仕上げてくれたから、僕は馬の力を信じてつかまっていただけみたいなもの。セイウンスカイの強さを褒めてあげてください」とあくまで馬とスタッフへの感謝を最優先するコメントを残した。
そんな言葉とは裏腹に、菊花賞前の京都大賞典で既に前半1000mを59秒8、後半を60秒5でまとめて古馬一線級のG1馬メジロブライト、シルクジャスティス、強豪ステイゴールド、ローゼンカバリーらを封じ込んだ。横山典騎手の脳裏にはすでに本番のシミュレーションが完成していたのかもしれない。