大本命サトノアーサー敗退で問われる「馬場不問」の重要性。「本当に強い馬は馬場を選ばない」という格言を証明した伝説的名馬エルコンドルパサー
ただ、エルコンドルパサーの場合は他のライバルと違い、急遽のダート開催が逆に人気を集めた。何故なら、本馬はデビュー戦と500万下をダートで圧勝しており、当時マル外にはクラシックの出走権がなかったものの、陣営は先々を見据えてここで芝を試すつもりだったからだ。
管理する二ノ宮敬宇調教師ら陣営の思惑は思わぬ形で棒に振られることとなったが、重賞初挑戦のエルコンドルパサーは単勝1.2倍という圧倒的な人気に応えてレースを完勝している。
その後、次走のニュージーランドT(G2)で初の芝挑戦を迎えたエルコンドルパサーは「2度目の正直」をまったく問題せず、1番人気でレースを完勝。ただし、単勝オッズ自体は2.0倍を記録し、やはり共同通信杯の単勝1.2倍は、ダート開催に替わったことが多分に影響していたことを物語っている。
共同通信杯の勝利騎手インタビューで「身体が2つ欲しい」と切実な願いを打ち明けたのは、関東の名手・的場均だ。エルコンドルパサーだけでなく、当時の2歳王者にして、後にG1を3勝するグラスワンダーの主戦も務めていたからだ。
実は二ノ宮調教師と的場騎手との間には、的場騎手が後々グラスワンダーに騎乗することもあって、エルコンドルパサーに騎乗するのは「今回まで」と約束していた。
デビュー3連勝を遂げ、自身も「グラスワンダーとも甲乙つけがたいほど素晴らしい馬」と絶賛していたエルコンドルパサーを”諦める”のは、的場騎手にとって身を切るような選択だっただろう。