角居勝彦調教師が「死刑判決を待つ心境」と語った伝説の天皇賞・秋。ウオッカとダイワスカーレットに審判が下されるまでの「13分間」
レースが終わっても、東京競馬場を包む興奮は収まらなかった。
電光掲示板に表示された赤い「レコード」の文字と共に示されたのは、シンボリクリスエスが記録した従来のコースレコードを遥かに凌駕する「1分57秒2」。その瞬間、火に油を注いだようにスタンドのざわめきは、さらに大きくなった。
2008年11月2日、第138回天皇賞・秋(G1)。この戦いが競馬史に残り続ける激戦であったことは、レースを見守ったすべての人々の心に深く刻まれた。しかし、その「栄光」は誰のものなのか。内のダイワスカーレットか、または外のウオッカか――。
その答えを知るものは、その時、その場に誰1人としていなかった。
フジテレビの中継実況を担当した青嶋達也アナはレース後、ただ一言「すごい」と言葉を絞り出し、数秒後、それを噛みしめるように再び「すごい」と唸った。言葉では形容できない異様な雰囲気が、そこにはあった。
東京競馬場の大型ビジョンにリプレイが映し出され、すべての人々が目を凝らしたが、決着を判断できる者はいない。ある者は「ダイワスカーレットが粘りきった」と言い、またある者は「ウオッカの差しが届いた」と反論する。しかし、確信はどこにもなかった。すべては写真判定に委ねられていた。
両馬に騎乗し、最も間近で接戦を演じた本人たちでさえ、勝敗の行方がわからなかった。ダイワスカーレットの安藤勝己騎手も、ウオッカの武豊騎手もウイニングランをしないで引き揚げてくる。ウオッカを管理する角居勝彦調教師は、その様子を4階の調教師席から見守っていた。
「これで負けたら、もう二度とダイワスカーレットには勝てない」