東海S(G2)テイエムジンソク「鞍上交代」は? ウワサされる「外国人騎手偏重」の流れと、名物オーナーの「信念」と「信頼」関係
1999年の菊花賞でテイエムオペラオーが2着に敗れた際、竹園オーナーはまだ4年目の新人だった和田竜二騎手の降板を迫ったことがあった。テイエムオペラオーは竹園オーナーにとっても初のJRA・G1馬。生涯に二度訪れるかわからないビッグチャンスに「何とかしたい」という思いも強かったようだ。
しかし、同郷の出身である岩元市三調教師が竹園オーナーを説得。「厩舎の新人を育てたい」という思いに共感した竹園オーナーは要求を取り下げると、逆に最後まで和田騎手の起用を貫き通した。
その結果、奮起した和田騎手は翌年テイエムオペラオーと共に、古馬中長距離G1完全制覇となるグランドスラムを達成。無敗のまま1年を駆け抜け、テイエムオペラオーはJRAの賞金王となった。
今やトップジョッキーの1人に成長した和田騎手も「テイエムオペラオーがなければ、今の自分はない」と常々口にしている。
そんな人物がオーナーだからこそ、テイエムジンソクの古川騎手も降板の憂いを気にすることなく、結果を恐れずに相棒とのレースに集中できているのだろう。
「実績不足から周囲に『大丈夫か?』と思われることも多い古川騎手ですが、テイエムジンソクの騎乗に対する評価は、非常に高いものがあります。前走のチャンピオンズCでは先にコパノリッキーを行かせて、直線で捉える見事な内容。残念ながら、ムーア騎手(ゴールドドリーム)の神騎乗にやられてしまいましたが、関係者は内容に満足していたようですよ。