福永祐一「究極の選択ミス」は本当にミスだったのか。ネオユニヴァースでG1・2勝逃すも「迷いなくエイシンチャンプ」と語った理由【この日、何の日】3月9日編
今から21年前の2003年3月9日。
2歳王者が皐月賞の王道トライアル・弥生賞(G2)を勝った。
鞍上は当時、若手No.1と言われた福永祐一騎手である。
これだけを見れば、エリートが順風満帆に牡馬クラシック開幕へ駒を進めているように見えるが、2歳王者エイシンチャンプはあろうことか2番人気だった。前年の朝日杯フューチュリティS(G1)でグラスワンダーのレコードを更新して勝ったにもかかわらずだ。
無論、そこには単勝1.5倍の支持を受けた後の菊花賞馬ザッツザプレンティと武豊騎手がコンビを組んでいたという背景がある。だが、それにしても単勝4.4倍というのは、紛れもなく多くのファンが2歳王者に対して半信半疑だったことの証だ。実際にエイシンチャンプは、このレースを勝つには勝ったが、2着スズノマーチ、3着コスモインペリアルとはハナ+ハナの大激戦。3連勝を飾ったものの、その評価にはどこか危うさがあった。
ただ、当時の福永騎手には「もう1つの選択肢」があった。きさらぎ賞(G3)を快勝したネオユニヴァースである。こちらは4戦3勝の素質馬で、重賞初制覇となったきさらぎ賞ではシンザン記念(G3)の勝ち馬サイレントディールを撃破。一躍、クラシックの有力候補に名乗りを上げる存在だった。
実はこの2頭は、福永騎手が北橋修二調教師と共に師匠と崇める瀬戸口勉調教師の管理馬。だからこそ福永騎手は、ある程度自由に2頭を選ぶことができたのだ。
実績のエイシンチャンプか、勢いのネオユニヴァースか――。
福永騎手が選択したのは前者だった。
結果的に、この選択が失敗に終わったことは多くのファンが知るところだろう。M.デムーロ騎手との新コンビとなったネオユニヴァースはスプリングS(G2)を快勝すると、そのまま皐月賞(G1)、日本ダービー(G1)を連勝。デムーロ騎手は日本ダービーを勝った最初の外国人騎手となった。
この勝利は、デムーロ騎手が後にJRA騎手として日本を主戦場とする大きなきっかけとなった。駆け付けた13万人から「ミルコ」コールを浴びたデムーロ騎手は「(母国の)イタリアダービーを5回勝つより、1回、日本ダービーを勝つ方がうれしい」と喜びを爆発。日本競馬の一体感や美しさに改めて惚れ込んだ。
一方のエイシンチャンプは皐月賞こそ3着だったものの、その後は連戦連敗……。次に勝利したのは地方の大井記念である。本馬はすでに6歳になっており、大井の堀千亜樹厩舎へ転厩していた。
これだけを見れば、2頭の力を把握できていなかった福永騎手の選択ミスに見える。だが、本当に福永騎手は誤った選択をしたのだろうか。何故なら、福永騎手は後に「迷いなくエイシンチャンプを選んだ」と語っているからだ。
その背景には、先述した北橋修調教師と瀬戸口調教師の教えがあった。エイシンチャンプを所有する平井豊光オーナーは、香港G1を3勝したエイシンプレストンなど、長く福永騎手を支えてきた人物。福永騎手は恩人に対して義理を通したのだ。
「損して得取れ」という言葉がある。一時的に損をしてでも、将来的に大きな利益になることを考えた方が良いという言葉だが、実はこの言葉の原型は「損して徳取れ」だそうだ。目先の勝利を逃した福永騎手だが、義理を通した行動は、まさにこの「徳」を積んだことになる。そして、その信念と精神は、他のオーナーたちも見ていたはずだ。
あの選択から21年。今後「3月9日」と言えば、福永調教師の初陣の日として語られることになるのかもしれない。
初出走となるコーラルS(L)は武豊騎手とのコンビと、すでに話題性は十分。だが、それ以上に福永調教師がこれから数々の記録を塗り替えるような名伯楽になる予感がするからだ。
JRA通算2636勝、コントレイルとの無敗牡馬三冠など、騎手として制した大レースは数知れず。これらの輝かしい実績は、その技術の高さを証明するとともに、何よりも競馬界に「強固な人脈」があればこそ成し遂げられたものと言えるだろう。
この人脈は、調教師になっても大きな力になることは間違いない。いや、調教師になってこそ、より真価を発揮するかもしれない。同時に47歳という若さで厩舎開業を迎える福永調教師には70歳の定年まで、あと23年という多くの時間が残されている。
トップジョッキーとして培った卓越した理論、天下のノーザンファームから有力個人馬主まで網羅された人脈、そして早期引退が招いた47歳と言う若さ――。福永調教師は、すでに調教師が大成するために必要なものをすべて兼ね備えている。
よく「究極の選択ミス」と揶揄される福永騎手のエイシンチャンプorネオユニヴァース問題。確かに、当時を振り返れば2頭は大きく明暗を分けている。だが、21年後に新米調教師の元に集まった27頭、そして、その馬主たちのラインナップ(下記参照)を見ていると、どうしても「あの時の選択」が失敗には思えないのは筆者だけではないはずだ。
■福永祐一厩舎、預託馬一覧
ケイデンシーマーク 牝4 サンデーレーシング
デュアリスト 牡6 サンデーレーシング
エクロジャイト 牡4 サンデーレーシング
マルカアトラス 牡5 日下部猛
マルカブリッツ 牡4 日下部猛
マルカビクトリー 牡3 日下部猛
レッドダンルース 牡4 東京ホースレーシング
レッドアウェイク 牡3 東京ホースレーシング
フェイト 牡4 藤田晋
シンクグッド 牡3 藤田晋
ダノンスコーピオン 牡5 ダノックス
フライライクバード セ7 窪田芳郎
カルネアサーダ 牝5 吉田照哉
メイショウウズマサ 牡8 松本好雄
ドロップオブライト 牝5 岡田牧雄
レオノーレ 牝5 前田幸大
サトノアポロン セ6 里見治
エーデルブルーメ 牝5 シルクレーシング
ミラクル 牝6 協栄
マルブツプライド 牡5 大澤利久
プリモカリーナ 牝5 ライオンレースホース
アップステート 牡3 三嶋牧場
ライスネイチャ 牡3 山田信太郎
プレミアムスマイル 牝5 キャロットファーム
トンジンチ 牝4 幅田昌伸
マンデヴィラ 牝4 吉田勝己
アスクデビューモア 牡3 廣崎利洋HD