絶体絶命のピンチから逆転劇を演じたウオッカの凄み…ヴィクトリアマイルと安田記念を連勝した充実の春【競馬クロニクル 第55回】

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 日本ダービー(G1)を制するなど、歴代最強牝馬の1頭に数えられるウオッカだが、必ずしも安定した成績を残したわけではなかった。

 3歳時には宝塚記念(G1)で8着に大敗したり、秋華賞(G1)を3着に取りこぼしたりしたほか、ジャパンC(G1)を4着、有馬記念(G1)を11着と、秋シーズンは勝利を挙げることができなかった。もちろん強豪相手のG1レースというハードルの高さはあったにしろ、その後も勝ったり負けたりの競走生活は引退するまで続いていった。

 そんななかで、ただ一度だけ、G1を連勝したことがある。5歳、ヴィクトリアマイル(G1)、安田記念(G1)を制した充実の2009年、春のことである。

 ウオッカは前年、初の海外遠征にドバイワールドカップデーに行われるドバイデューティフリー(G1、ナドアルシバ・芝1777m)で4着に敗退。そのリベンジを期して、2009年も再度ドバイへと矛先を向けた。前年と違うのは、1カ月以上前に渡航し、プレップレースのジュベルハッタ(G2、ナドアルシバ・芝1777m)をひと叩きしてから本番に臨むという準備周到なスケジュールだった。

 果たしてドバイの水が合わないのか、ウオッカは、ジュベルハッタが5着、調子を上げたと見られたドバイデューティフリーが7着と、ついに中東の地で勝利を挙げることはできなかった(2010年に参戦したG2・マクトゥームCR3でも8着に敗戦)。

 帰国後、遠征・輸送の疲れが比較的小さかったウオッカは、検疫が明けるとすぐ栗東トレセンでの調教に臨んだ。次走は、これも前年2着に敗れたヴィクトリアマイル(東京・芝1600m)だった。

 遠征帰りの初戦であったにもかかわらず、牝馬同士のレースであれば格が違うと評価され、単勝オッズは、オークス(G1)と秋華賞を勝った2番人気カワカミプリンセスの7.1倍を大きく上回る1.7倍というダントツ1番人気に推された。

 そしてウオッカはその高評価に予想以上の返答を見せつける。

 好スタートからすぐさま好位の4番手に付けると、絶好の手応えで直線へ向かい、馬なりで先頭へ躍り出る。するとあとは完全に独走状態に持ち込み、軽く追われただけで、ゴールでは2着に7馬身、時計にして1秒2もの差を付けていた。まさに格の違いを見せつけるような、圧倒的なレースだった。

 文字どおり牝馬らしからぬタフさも持ったウオッカは、圧勝の勢いを駆って連覇がかかる3週間後の安田記念(東京・芝1600m)へ向かう。牡牝混合戦であるここでも彼女は単勝オッズ1.8倍という抜群の支持を受けてレースを迎えた。

 強敵は前年にNHKマイルC(G1、東京・芝1600m)と日本ダービー(東京・芝2400m)の、いわゆる“変則二冠”を達成したディープスカイ。ウオッカは今回も好スタートを切ると7番手を進み、ディープスカイはそれを目前に見る10番手に付けてレースを進めた。

 動きが出たのは第3コーナー。ウオッカがじわじわと5番手まで位置を押し上げると、ディープスカイもそれに続いて7~8番手までポジションを上げた。そして迎えた直線。インコースに進路をとったウオッカは前が壁になって追えず、すぐにでもスパートできる手応えがあるにもかかわらず、鞍上の武豊が何度も手綱を引くシーンが目に入る。そのあいだにディープスカイが持ち前の豪快な末脚を繰り出して一気に先頭へ躍り出る。残り200mほどの地点での2頭の差は数馬身もあり、大勢は決したかに見えた。

 しかし、ようやく壁の間隙に進路を見出したウオッカが急襲。届くのか、届かないのか。手に汗握る追い比べが展開されたが、ウオッカがついにディープスカイを3/4馬身交わしたところがゴールだった。

 絶体絶命のピンチから奇跡的な逆転劇を披露したウオッカと武豊に、東京競馬場は興奮の坩堝となり、引き揚げてきたこのコンビには熱狂的な拍手と歓声が送られた。

 日本ダービー制覇という歴史に残る勝利を挙げたウオッカであるが、筆者はこの安田記念と、宿命のライバルとなったダイワスカーレットと激闘を演じた前年の天皇賞・秋(G1、東京・芝2000m)が、“凄み”を感じさせるという意味でウオッカの2大ベストレースだったと考えている。

 今年のヴィクトリアマイルからも、安田記念へ進んで牡馬にひと泡吹かせる牝馬が出てくるのか。期待を抱きつつ見守っている。(文中敬称略)

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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