未完の大器・アンビシャスを先行馬に変えた「天才」横山典弘騎手。大胆不敵な奇策の「原点」は宝塚記念に


 そんな1991年の宝塚記念。小頭数の10頭立てで行われた一戦は、菊花賞、春の天皇賞を連勝していたメジロマックイーンが、単勝1.4倍という圧倒的な支持を集めていた。対するメジロライアンは単勝4.1倍の2番人気。同世代のホワイトストーンが、それに続いた。

 道中、スタンドからはどよめきが起こった。差し馬であったはずのメジロライアンが、先行抜け出しを身上とするメジロマックイーンの前にいるのだ。逃げるイイデサターンとホワイトストーンを見るような形の3番手に位置取ったメジロライアン。敗れればそれこそ鞍上に批判が集中する競馬だった。

 だが、これが武豊以上の「天才」と言われる横山典弘の”真骨頂”の基礎が築かれた瞬間だった。

 残り800mを切り、第3コーナーから第4コーナーへ差し掛かったところで、一気に先頭に躍り出たメジロライアン。そのこれまでにない積極的な競馬ぶりに、スタンドは異様な興奮に包まれた。

 先頭のまま第4コーナーを回って、最後の直線に。メジロライアンが4角先頭の競馬をしたのは、後にも先にもこれが唯一である。馬場の悪い内側を避け、コースのど真ん中を真一文字にはじけたライアンは全馬を引き連れて、ついに歓喜のゴールへと飛び込んだ。

 これまでの差す競馬から一転、ライバル・マックイーンのお株を奪う先行抜け出しでの勝利。後に関東を代表する名手に成長する横山典騎手の大胆不敵な奇策は、その後も彼の代名詞となる。だが、その”原点”を築き上げたのは、実は相棒メジロライアンの勝利への渇望だった。

「馬が(勝手に)行ってくれた感じだった」

 先日、G1勝ちをプレゼントしてくれただけでなく、騎手としての確固たる下地を築いてくれた最愛のパートナーとの思い出を振り返って、そうコメントした横山典騎手。「みんなに愛されながら最後を迎えられて、幸せだったと思う。そんな馬に携われて自分も幸せだった」と墓前に手を合わせる姿には、うっすらと涙が光っていた。

 メジロライアンと制した宝塚記念から25年。今年は自身が持つ最年長勝利記録の更新を懸けて「未完の大器」アンビシャスと共に挑む。思えば、それまで後方一辺倒だったアンビシャスを、前走の大阪杯(G2)で強力な先行馬に変貌させたのは”あの時”のメジロライアンとそっくりだ。

「予行演習」は、すでに終えている。これまで良馬場でしか競馬をしたことがないアンビシャスだが、今や大ベテランの領域に差し掛かる横山典騎手は、新たなパートナーに雨中の歓喜を届けることができるだろうか。

 誰よりも雨を愛した、メジロライアンも見守っているはずだ。

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