横山典弘「27年ぶり」ドバイ決戦へ。「自分の命と引き換えに僕を守ってくれた」盟友ホクトベガの死で止まった時間…今度こそ無事完走を

横山典弘騎手 撮影:Ruriko.I

無敵の女王ホクトベガの訃報から27年

 

「(1つ)前のレースの馬が残っているかと……」

 1995年の6月13日、「事件」は起きた。この日に川崎競馬場で行われたダートの女王決定戦エンプレス杯には、中央から2年前のエリザベス女王杯(G1)を制した「女王」ホクトベガが参戦することで注目されていたが、この衝撃的な結末を誰が予想できただろうか。

「ホクトベガ、2番手以降を大きく離して今、ゴールイン! 2着は……今、入線、これが黄色い帽子5番のアクアライデン」

 ゴール前とは思えない、やや間の抜けてしまった実況になったのも仕方がない。何せ、2着以下の後続馬がなかなか来ないのだ。ホクトベガと横山典弘騎手が2着アクアライデンにつけた着差は、なんと3.6秒。約18馬身という圧倒的な大差は、4着馬に騎乗していた山崎尋美騎手が「(1つ)前のレースの馬が残っているかと……」と錯覚してしまうほどだった。

 帝王賞などを制したダート王ナリタハヤブサと同じナグルスキー産駒。芝G1馬のホクトベガだが、デビューから3戦連続でダートを使われるなど、早くからその高い適性が見込まれていた。しかしながら、ここまで強いとは……。当時の地方関係者だけでなく、競馬ファンの度肝を抜いたことは言うまでもない。

 ホクトベガはその後、これがフロックでないことを証明するかのようにダートでは連戦連勝。その強さは牝馬の枠を超え、7連勝を達成した1996年にはJRAの最優秀ダートホースに輝いている。

 翌1997年。そんな「砂の女王」が矛先を向けたのが、世界の頂だった。前年に世界最高賞金レースとして誕生したドバイワールドCである。

 壮行レースとなった川崎記念には、スタンド改装中の影響もあって3万人程度しか収容できないはずだった川崎競馬場に約6万人が押し寄せた。ホクトベガは、そんなフィーバーに応えるように堂々の勝利。地方交流10連勝となり、通算16勝目はグレート制導入以降のJRA所属馬の最多勝利を更新する記録となった。

 日本のダート最強馬として、まさに満を持す形で挑んだ世界の頂上決戦ドバイワールドC。主戦の横山典弘騎手や中野隆良調教師ら関係者だけでなく、日本の競馬ファンの期待も高まった一戦だったが、レース後にもたらされたのは思いもしない訃報だった。

 4コーナーで転倒したホクトベガは、後続馬を巻き込む落馬事故の発端となり、左前腕節部の複雑骨折。レース後に予後不良と診断され、安楽死処置を受けたのだ。

横山典弘騎手「馬に命を助けてもらって、今こうしていられる」

「自分の命と引き換えに僕を守ってくれた。本当にそう思っているんだ」

 あれから数年後、競馬ライターの平松さとし氏の取材を受けた横山典騎手は、当時をそう回想している。実は当初、ドバイ遠征についてオーナーサイドからは慎重論もあった。しかし、最終的には横山典騎手を始めとした陣営の熱意が勝った格好で遠征が実現した背景があった。

「馬に命を助けてもらって、今こうしていられる」

 結果論だけで誰が悪いと決めるのは、決してフェアではない。だが、主戦騎手として、当時の鞍上として横山典騎手に大きな影響を与えたレースになったことは言うまでもないだろう。現在の代名詞「ポツン」を始めとした馬に無理をさせない騎乗スタイルは、ホクトベガという盟友の別れを経て培われたものだ。

「招待されて、遠征することが決まりました」

 今月、中山記念を勝ったマテンロウスカイがドバイターフに挑むことが決まった。取材に応じた松永幹夫調教師が発表した鞍上は、主戦の横山典騎手である。本騎手がドバイで騎乗するのは、ホクトベガとのドバイワールドC以来27年ぶりだ。

 実は、ホクトベガの遺体は検疫の関係で日本へ運ぶことができなかった。故郷の酒井牧場のお墓には、本馬のたてがみが遺髪として納められているそうだ。今回の横山典騎手のドバイ遠征には、そんな背景もある。結果への期待も然ることながら、まずは無事に完走することを祈りたい。

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